第12話:お父さんの秘密
私は浅香紗姫奈。父は浅香山学園の理事長・浅香秀成、母は浅香山学園一族の浅香舞香。物心ついた頃から母とNYに住んでいたが、母はお嬢様で更に病気がちだったせいで、私の面倒をまともに見ることができなかった。母はヒステリックなところがあり、医者から止められているお酒を飲んでは「お父さんはね、私のこと好きじゃなかったのよ」「でも結婚するしかなかったの、私って悪い女よね」などとボヤいて泣いていた。6歳の頃、母の容体が悪化してからは日本に帰国し、母は入院。私は父により浅香山学園小学校へ入学させられることとなった。父と二人暮らし、ということになっていたはずだけれど、父は学校の仕事が忙しく、実質お手伝いさんとの二人暮らしだった。だから、お手伝いさんに感謝こそすれ、関係が希薄な父母にはあまり特別な感情を抱くことが出来なかった。
母が亡くなった時も、悲しいとか寂しいとかそういう感情は一切なくて、ただ母に対して「もう父のことでボヤくことも病気で苦しむこともなくなりましたね」と思う他なかった。葬儀の時の父の顔は何故か確認するのが怖い気がして、見ることが出来なかった。
ところで、何故こんな話をしているのかというと、先日見てはいけないものを見てしまったからだ。現在17歳高校2年生の私は、学校で進路志望の紙を受け取った。第一志望から第三志望まで書く欄があったが、浅香山学園の理事長を父に持つ身としては、どう書くのが正解か分からなかった。私は父に相談するため進路志望の紙を父の書斎の机の上に置きにいった。
父の書斎に入るのは久しぶりだった。軽いノックをして不在を確かめ、部屋に入る。部屋には天井までの本棚が沢山あって、古い書物と微かな煙草の匂いがする。別に入ってはいけないと禁じられている訳ではないが、何となく居心地が悪いので、脇目もふらず父の使っている机まで向かってすぐ部屋を出ようと思った。
机にたどり着いた時、違和感を覚える。机には、父の手帳があった。整理整頓好きな父は机の上に物を出しっ放しにするような人ではなかった。ましてや忘れ物をしていくような人でもない。何かを書きかけているのか、手帳には万年筆が挟まっている…もしかして、父は帰って来ているのだろうか。そうなると益々この部屋にいることがよくないことに感じた。だから、そのまま部屋を出ればよかった。
なのに、そうしなかったのは私の目が手帳から出た紙に留まったからだ。いや、紙ではない、写真…?
見てはいけないのに、手が伸びる。L判の写真。そこに写っているのはてっきり母だとばかり思っていた。しかし、写っていたのは赤いリボンのセーラー服を着た中学生くらいの女の子。
「え…」
人は予想外の出来事に直面すると咄嗟に変な声が漏れてしまうのかもしれない。胸が早鐘を鳴らす。この子は誰だ?
よく見ると写真の右下に日付が入っている。14年前のものだった。14年前…?すると私が3歳の時に撮られた写真ということになるので母でも私でもなく、かと言って生き別れの姉がいるという話も聞いたことがない上にこの写真の女の子(当時)の顔立ちは浅香一族の容姿端麗な感じとは似つかない幼い丸顔だった。
別に父が特段好きとか嫌いとかそんな感情はなかったけれど、ただ父が知らない女の子の写真を持っているなんて思ってもみなかったし、こんなところに入れておくなんてどうかしていると思った。
「…気持ち悪い」
そんな言葉が口をついて出てしまった。それと同時に、リビングの向こう側でカタッと音がした。父だ。知らない間に帰って来ていたようだった。いつもなら挨拶位はしようと思うのだけど、今回ばかりは顔を見たら嫌悪感で顔が歪みそうだったので、息を殺して、早足で部屋を出ることにした。
あぁ、これでは当分父とは会えそうにないな。自分の部屋のベッドで天井を眺めながら、紗姫奈はひとりごちるのだった。