第9話:
怠け者でグレていた中学生の私は、勉強の癖が中々付かず、塾をサボろうとしてはひでちゃんに連れ戻されていた。この日も、駅前のコンビニで涼んでいると扉の外からひでちゃんが笑ってこっちをみていた。
「ひげ先生?!」
「あのな、お前がどこにいたって分かるんだよ」
先生は何故か私がレンタルビデオ屋さんにいても、マクドナルドにいても、すぐにすっ飛んできた。ひでちゃん曰く、そこら辺に卒業生がうじゃうじゃといるので、私のことを監視してもらっているのだとのことだった。ある意味恐ろしい…。
先生はごねる私を見つけると、後ろから抱きしめて、次の瞬間にはまるで丸太のように担いでしまう。少しは意識して欲しいのに、全く異性として見られていないのが悲しかった。
「降ろせよ、降ろせってば!」
「ダメ、降ろさない。降ろしたらまたどっかに行っちゃうだろ。どこにも行かせないよ」
「…〜っ!クソ〜!」
私はひでちゃんの一言に不意にドキドキしてしまう。「どうかこの鼓動をひでちゃんが肩で感じていませんように」と思えば思うほどに口から心臓が出そうな程の高鳴りを感じていたー。
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「どこにも行かせないって言ったくせに、自分だけどこかに行っちゃうなんてズルいよ」
ひでちゃんを追い掛けて走っていると、急に昔の話を思い出してまた苦しくなってしまった。階段を上った先の廊下にひでちゃんはいなくて、私はもうきっとひでちゃんとは会えないのだと悟って泣いてしまった。
窓の外は明るい昼下がり。まだ14時にもなっていないこの時間に一人で浅香山学園の校舎にいることが不思議に思えて来た。ひでちゃんを見失ってしまったのに、まだ帰れずに廊下を彷徨う私は側から見たら本当にストーカーだと思う。
そういえば、駅員が時計台と立派な庭園があるって言っていたな…。このまま校舎を彷徨いていると不審者に思われかねないと思い、私は時計台を目指した。
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「時計台?」
「そう、浅香山には昔財閥が寄付した時計台があってさ。そこの上にベンチがあるんだけど、学園を見渡せるんだ」
「へえ〜素敵」
「本当はベンチのあるところには入れないんだけど、俺が学生の時に入る方法を見つけてさ。きっと山本も気に入るよ。」
浅香山の時計台のことを知ったのは、ひでちゃんが話していたからだ。誰も私が浅香山に受かると信じなかった中で、ひでちゃんだけが本気で私の合格を信じてくれていた。きっと、私以上に信じてくれていたと思う。
だから、この時計台の上の場所も先生が教えてくれた。
「…やっと来られた」
浅香山学園が見渡せる時計台のベンチ。ひでちゃんと私だけが知っている場所。そこは、学園だけじゃなくて石動や浅香山も見渡せる特等席だった。私はかつてここに座っていたひでちゃんに想いを馳せながら静かに目を閉じた。
「なあ、いつになったら俺のこと見つけてくれんの」
目を閉じたと同時に真後ろから懐かしい声がして、私は飛び上がった。
「え…あ…う」
突然すぎて言葉が出ない、この声は…。
恐る恐る振り返ると、そこにはニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべるひでちゃんがいた。
「久しぶりだな。山本。相変わらずで安心したよ」