思えば、あそこで過ごした時間は限りなく長く、驚く程に怠かった。異国情緒を感じる神戸の山手、基督教の学校が多くある中で、天鳳寺女学院はその名の通り仏教の女子校だ。天鳳寺といえば、関西ではその名を知らぬ者はいないだろう。「規律の天鳳寺、自由の聖愛」と呼ばれ、女子校では神戸聖愛学園と1、2を争うトップ校。東大京大への合格ランキングにも常連校で、聖愛と比べて集まる子女も他の学校よりも寺の子や、どこか地味だったり真面目な子が多いという印象を受ける。
関西では、関東よりも国公立信仰が激しく、ここ天鳳寺でも、中高一貫で純粋培養されたお金持ちの子女と、トップの北野・天王寺といった公立高校と併願して落ちてしまった高校からの頭脳派子女に二分されていた。ちなみに、私は高校から入学したのだけれど、残念なことにお淑やかでお利口さんなこの学院の校風には馴染めなかった。コンビニに行くだけで補導されるし、生徒同士は「さん」付けで呼ばないといけないし、自称進学校あるあるで、授業時間も長かった。唯一好きだったのは、茉莉音と一緒に授業をサボって息を潜めた天文台への階段と16時に響き渡る鐘の音。それ以外は何もかも好きじゃなかった。もう一度ピチピチの高校生に戻れますよと言われても絶対に戻りたいとは思わない(そもそも天鳳寺の女の子はみんな枯れ木や鰹節のような高校生だし)。
ところで、何故今更天鳳寺女学院のことを思い出したかというと、この前たまたま茉莉音のInstagramを見つけたからだ。茉莉音は中学からの天鳳寺生で、家はちょっと名の知れたお寺だった。本人は全く寺を継ぐつもりはなく「この可愛い顔を利用して一儲けしたーい」と毎日のようにぼやいていたけれど、まさかインフルエンサーになっていたなんて。フォロワー5万人ってすごい。こっちなんて12人しかいない。
「あー…世の中不条理」
私はスマホをベッドに投げつけ脚をバタバタさせた。天は二物を与えずなんて嘘だ。現に私が茉莉音に勝っているところなんて何一つないんだから。昔からそう。テストの点数だって、歌声の綺麗さだって、要領の良さも何一つ。
茉莉音はいいな。家だって太いし、あんなに顔が可愛いんだから。なんで私なんかと一緒にいたんだろう。どこから差がついたんだろう。目を閉じて、私は暗黒黒歴史ともいえる自分の天鳳寺女学院生活を思い出した。