After Dream Land…

 「鬼ごっこがしたいの、とびっきりロマンチックな…そうね、あなたと二人で、月夜の晩に廃墟のお城か遊園地で」

私がそんなことを言ったものだから、彼ったらすっかりその気になってしまったみたいで、ある月夜の晩、本当にこのドリームランドにやって来たみたい。人っ子一人出歩かないような寒空の下、山道をどうやって来たのかこの廃墟遊園地の入り口に彼は立っていた。

「冷えるな…」

そう言って彼は少しだらけてしまったマフラーを巻き直す。かつて入場口だったそこは、沢山のガラスと砂利が散乱していた。月光を浴びて妖しくキラキラと輝く地面を見ていると、今から自分達がすることが何だか怖くなってきてしまった。

「ねえ、どうして本当に来ちゃったの?」

私は不安になってつぶやく。しかし、彼は何も答えない。表情も能面のようで、何を考えているのかさっぱり読めない。ただ「はぁー」と彼が白い息を夜空に翳した、その時の空気の色が堪らなく好きだと思った。

「絶対見つけるから、覚悟して。何処にいたってすぐに捕まえるから」

息を吐き終えた彼がそう言った。あぁ、私がずっと憧れていたシチュエーションだ。逃げても嫌だって言っても絶対に離してもらえないなんて、すっごく愛されているみたいで、きゅんとする。彼って、意外とロマンチストだから、きっと私とも相性がいいのね。

「私、捕まらないから。でも、もし捕まえたらその時はキスをしてね」

私は微笑みながら、服の裾を翻して走り出した。

私は、昔から心臓が弱くて、物心がついた時にはもう走ることが許されなかった。普段の体育はもちろん、運動会もずっと応援席から見ているだけ。先生に何度もお願いしたけれど、答えはもちろん「NO」だった。彼は、そんな私を昔から見てきているから「この手術が終わったらきっと鬼ごっこしよう」と言ってくれたのだ。

私はそっと手術の傷跡に触れる。まだボコっとしている。本当に手術して、胸を開いたんだ…。先生は「女の子だし、胸の傷が残るとかわいそうだから」とじきに綺麗になるような縫い方で縫ってくれたらしい。その優しさと割と長かった闘病生活を思うと、じんときてしまう。この手術で全部終わったんだ。苦しかったことも、病院生活も全部。

「こうして走られていることが奇跡みたい。本当に走れるなんて思わなかった」

走ると息が苦しい。もっと軽く早く走れるものだとばかり思っていたけれど、実際は、無様に歩いているか走っているか境目のような速度でも息はハアハアと上がってしまう。それでも、走っている自分に少し誇らしい気持ちすらあった。きっと練習さえ出来れば、もっと早く軽やかに走れるようになるはず。

私は額に少し汗を滲ませて、月を背にして聳え立つお城へと向かった。

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 僕の好きな人がいなくなってから1ヶ月が経った。

僕の好きな人は生まれつき心臓が弱かった。体育の授業には参加出来ないし、遠足でも体調が悪くなりずっと木陰に座っていることだってあった。彼女の日常生活は常に我慢の連続だっただろうけど、それでもそれが当たり前のことのようにじっと耐えていた。

僕と彼女が仲良くなったのはひょんなことからだった。僕は結構読書が好きだったのだけれど、当時本を読んでいると「ガリ勉だ」とか「本の虫」だとかちょっと嫌な笑いを込めて言われる風潮があったので、みんなの前では読まないようにしていた。

秋口のある放課後、進路の面談をまだしていなかった僕は先生に呼び出されていた。職員室まで来たものの、先生は急な用事が入ったようで「ちょっとそこで待ってて」と言い残すと小走りで立ち去った。最初のうちはボーッと掲示板を見たり、部活動中の生徒の声を聞いたりしていたが、どうしても暇になってしまい、僕はカバンに忍ばせていた小説を手に取った。

その小説は確か父親にもらったもので、王様の命令で鬼ごっこをして捕まったものは殺されてしまうという中々な内容の物語のものだった。正直、僕はあまりこういうのは好きじゃないけれど、本好きの息子の為に目に入った小説を買って来てくれた父に悪いと思ったのでパラパラと読み進める。

「そういうの読むんだ」

主人公の妹が殺されてしまうというハラハラする場面まで読み進めていた時、涼しげな声でそう言われた。本が好きだと思われてしまったかもしれない、と本を隠しつつ僕は驚きの表情で顔を上げた。

そこに彼女はいた。

「その著者って結構そういうストーリー多いよね、そういうの好きなの?」

「いや、父さんがくれたからなんとなく読んでて」

「ふーん、本よく読むの?」

「いや、まあ…」

僕はなるべく突っ込まれるのを避けようとややぶっきらぼうに答える。すると彼女は少し黙り込んでから、

「あのね、もし本が好きだったら、森見登美彦の『夜は短し歩けよ乙女』とかおすすめだよ。主人公は大学生で、面白い仲間が出て来て夜の京都の街を練り歩くの。あと、怖い系が好きなら最近は『インシテミル』って本読んだな、私はそう言う系は苦手だけど」

とやや早口で言った。同じクラスの割には、全然喋ったことないのに、おすすめの本を教えてくれるなんて変わった子。僕はそう思った。だけど、奇遇にも勧められた本が全部読んだ本だったことが嬉しかった。

「『夜は短し歩けよ乙女』読んだことあるよ。森見さんの本なら四畳半とかも好き。『インシテミル』も読んだ。僕もそういう系は苦手」

手短に伝えると彼女はにっこりと笑って

「苦手なのにその本読んでるんだ」

とおかしそうに呟いた。それが彼女との出会いだった。

それからというもの、彼女は色んな本を勧めてくれた。泣ける本とか面白かった本とか、考えさせられる本とか。彼女から借りては読み、僕も貸しては読んでもらい、感想を伝えあっては笑った。

同じ物語を彼女と共有できることが嬉しかった。そして、気付いたら季節は冬になっていた。

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