「森沢ってガリ勉だし空気読めないしキモいよな」
「分かる、彼女にしたくないランキングNo.1」
「てか、彼女にするとか考える自体無理」
もうアラサーなのに、夢の中で、幼い頃に男の子から言われた言葉が蘇る夜がある。本ばかり読んでいた私は、気付いたら同級生の輪から外れて戻れなくなってしまっていた。キモい・死ねと言われたことは覚えているけれど、誰から言われたかはもはや全く覚えていなかった。
強くなれればよかったのだろうけど「私って、キモいから愛されないんだ」という思いは潜在意識として残ってしまって、今でも自分を醜くしそうな習慣や行為を許すことが出来ないでいる。
その中でも特に辛いと思うことが「砂糖を摂取すること」だ。私は学生の頃からニキビに悩まされる油脂肌で、ちょっとでも甘いものや脂っこいもの、とりわけチョコレートを食べたりするとすぐに肌に吹き出してしまう。「ニキビのゲロブス」と言われ、自分に非があるから愛されないことを自覚した。だから、有村君を好きになったこの9年で私は大好きなチョコレートを一切口にしなかった。
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食べられなくなって2週間が経過した。あれからというもの、会社の書庫整理では立ちくらみで倒れ、通勤電車でも貧血で倒れ、仕事も上の空でいた。もはや自分がどこにいるのか何をしているのか分からなくなっていた。
この前も、怖いことに気付いたら有楽町の駅前広場に来ていて、泣いていた。職場が近いというのはあるだろうが、無意識に歩いてきているのが怖すぎた。
「このままじゃ、本当に起き上がれなくなってしまう」
ゼリーと水以外を口にしないといけないことはわかっていた。これだけではエネルギーも栄養も足りないことは十分に理解しているつもりだった。けれど、急に足先から感覚が抜けた金曜日の夜に、静かに死に近付いている自分を認識して急に現実味を帯びてきた。
「チョコレートとかメイバランスとかカロリーの高いものを食べないとだよ」
そう言ったのは、私の姉。姉も昔摂食障害になってしまったのだけれど、今では人一倍食べるようになり、40kgを切りそうになっていた体重も60kg目前なのだという。姉ならば、どうすれば食べられるようになるか知っているだろうと縋る思いで連絡したら、上記のように言われてしまったのだ。
「でも、そんなことしたら肌がブツブツになっちゃう」
そう、私はこの10年でスキンケアも一生懸命やってきて、やっとニキビを撲滅出来たのだ。チョコレートなんて食べてしまったら、今までの努力が全てパアではないか。絶対にチョコレートなんて食べたくなかった。
「うーん、しぬよりマシじゃない」
「でも…」
「とにかく、カロリー取って。このままじゃしんじゃうよ」
ドラッグストアに行けば何かしらあるから、と言って姉は電話を切った。きっと、結婚目前の彼といい感じなのだろう。お姉ちゃんは何故か肌が綺麗だ。ニキビが出来ているところなんて、数回しか見たことがない。私の気持ちなんか一生わからないだろう。私は何の解決策も見出せず、とりあえずドラッグストアへ入った。
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ドラッグストアには姉の言っていたチョコレートもメイバランスも置いてあった。私はそれを手に取ってみたけれど、自分の口に入るところが想像できなかった。
私だって。
何も考えずにチョコレートを口に出来たら、どんなにしあわせな人生だっただろう。そう考えると無性に腹が立ってしまって、一度棚に戻した。
けれど、戻したはずのチョコレートがばさりと力なく棚から落ちたのを見て、なんだか今の私みたいだと思ってしまって、仕方なくカゴに入れた。
「ごめんね。食べられないけど」
一応買うだけだから。そう言いながら、ドラッグストアのレジでチョコレートを買った。
東京に来て10年目の2月のことだった。