チョコレートで生き永らえて③

Show must go on. という言葉があるように、どれだけ身体が辛くても、どれだけ心が苦しくても、その寿命が尽きるまでは人生は終わらない。

長年の憧れが失恋に変わったあの日から、ゼリーと水が私を生き永らえさせていた。明らかに栄養不足から来る痺れが、私の心の動悸と痛みをかき消してくれる気がして、むしろ心地いいと感じていた。

でも、それも2週間までだった。14日目を過ぎたあたりから、手足に力が入らず、些細なことにイラついて、顔は常に不満の表情が隠しきれなくなってしまっていた。こんなに苦しいのに、誰も分かってくれない。そんなの当たり前なのだけれど、その当たり前の日常にすら嫌気が差して、自分がひねくれた人間であったことをまざまざと思い知らされるのだった。

「森沢さんさ、最近顔色悪くない?」

そんな声を聞いたのは、女子トイレの個室の中でのことだった。話しているのは、コネ入社だが、仕事が出来るのでなまじ誰も何も言えない横川さんだ。彼女の妙に割り切ったドライな声が私の鼓動を加速させる。

「なんか、すっごいイライラしてるし!なんかあったんじゃない、彼氏に振られたとか」

「あの人彼氏いんのかな」「知らなーい」

コソコソ、クスクスと含みのある声で話す女達に私の冷や汗が止まらない。

「どーでもいいけど、私体調悪いんです、察して!みたなあの態度はムカつく」…横川さんがそういうと「わかるー」「森沢さんってそういうところあるよね」と賛同の声が上がる。

なにそれ。確かに、私も感情をコントロールできないのは悪いと思ってる。だけど、人間なんだから、許して欲しい。しんどいけど、仕事に穴を開ける訳にはいかないし、生活だってあるのだ。

陰キャが無理して背伸びしても、結局あなた達みたいに生きられないのを、許して欲しい。

「しね、ゴミが」

呪詛のようにごにょごにょと呟き、横川さん達が女子トイレから退散するのを待った。こんな言葉を使いたい訳ではないけれど、他に何も思い付かなかった。

結局、この日は早退した。

もう、生きるのが辛かった。

有楽町の駅前広場を彷徨いながら思ったのは、婚約者に大失恋した人とか、大切な人が亡くなった人とか、どうやって毎日を過ごしているんだろう。何事もないように毎日を生きるサラリーマンって、もしかして、すごい役者なのではないか、という今更の気づきだった。

私は、両親の欲望によって、無理矢理人生という舞台に上らされた道化師だ。今日程自分が惨めに感じられた日はない。演劇に向いていない人間が、頑張って頑張って演技を練習したのに、それを否定された気持ちが、分かるだろうか。上手く生きられる人には一生分からない。

いっそ、この橋から身を投げて舞台を強制終了させようかとも思ったが、冬の川は寒くて痛そうで、私にはとても出来そうになかった。

そして、この日を境に、私は布団から起き上がれなくなってしまった。

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