浅香山ラプソディ第6話

第6話:再びの巡り合い

寒い中歩き回ったのが災いしたのか、あれからというもの風邪を引いてしまい、あらぬところで有給を使う羽目になってしまった。うちは小さい事務所なので、休むと他の人の負担が増えてしまう。申し訳なさを感じつつ3日休んで土曜日を迎えた。

「それにしても、あの駅員さんの話す言葉は何か意味深な感じがしたけど、丁寧な方だったな」

どうでもいいことなのに、何故か石動駅にいるというそれだけで気になってしまう。つくづく自分という人間が情けない。少しでも先生に近付きたいなんて、他人から見たらただの気持ち悪い女だろう。忘れたはずだったのに、こんな気持ちで土日を迎えたくない。もう忘れたいのに。

「そうだ。どうしても気になるし、駅員さんにお礼しよう、それでもう石動に行くのはやめよう」

そんなことを思い付いて実行に移すのだけは早い私だった。好きなだけ石動駅を歩いて、学園前まで行って、そしたら忘れよう。思い立ったが吉日、私はサッと化粧をして、コートを羽織った。


「わざわざありがとうございます!」

途中の乗り換え駅にある百貨店で無難な焼き菓子を買って渡しただけなのに、駅員はオーバーなくらいに感激してくれた。

あの駅員を見つけるのは難しくなかった。石動駅の改札は一つしかないし、改札横の駅員室を覗くとあの駅員さんがいた。土曜出勤なんて大変だな。

「でも、元気になられて良かったですね、前に言っていた方に会いに来たんですか?」

「あ…」

満面の笑みで問いかけられたが、何と返して良いか分からなかった。あなたにお礼をするためだけにここに来ましたなんて言えないしとても気まずい。

「もしかして、昔の恩師とかですか?」

そう言われて、更に怪訝な顔になってしまう。というか、この人前回もだけど、ちょっと鋭い感じがして怖い。そんな私の気持ちを察知したのか、駅員は慌てて

「あ、以前お電話されているのが聞こえて、先生と仰っていたので、つい…」

と付け加える。何だか憎めない人だ。

「私が話していたのは、会社の上司なんですけど、会いたい人は昔の恩師ですよ。本当にお世話になった方で…。でも、今何をしているのか、どこに住われているかも分からなくて」

私は駅員の人の良さに釣られてつい話してしまう。

「会って感謝の気持ちを伝えたかったんですけど、今もこの街に住んでいるかも分からないし、もうここに来るのも最後にしようと思ってるんです」

…言ってしまった。思えば、先生のことが好きだったと誰にも話したことがなかったし、先生に感謝してるってことすら、誰にも言ったことがなかった。私の中で先生が特別な存在だと思われたくなかったから。私の先生への想いや一緒に過ごした記憶が私の中の最大の秘密となって、私の本当の心を覆い隠してくれる。もし、この秘密がばれて軽んじられたりしてしまったら、私は脆くなってしまうだろう。この十数年間ずっとそんな気がしていた。

「…浅香山学園って知ってますか?」

「………はい?」

駅員の突然の返しに一瞬言葉を失った。しかし、構わず駅員は続ける。

「浅香山学園です。この駅の二つ先の学園前という駅にある大きな学校なんですけどね、今日13時から合格発表があるんです。そこ、合格発表の時だけは出入りが自由になるんですけど、普段は見られない重要文化財の建物や時計台、それに立派な庭園を見ることが出来るので、おすすめですよ」

「…はぁ」

相変わらず私は駅員の意図が読み取れず怪訝な顔をしてしまったが、それでも駅員はニコニコしていた。

「なんだかあなた寂しそうな顔をしていたので、せめて何か見て帰られるといいんじゃないかなと思って。出過ぎたことをしてすみません、でも本当に素敵なんですよ」

最初は何を言っているんだと思ってしまったけれど、確かに駅員の言う通り、何もせずに帰るのは勿体無い気がしてきた。

「…確かに、浅香山学園にお邪魔する機会なんて滅多にないので、見に行ってみようかな…ありがとうございます」

お辞儀をして別れを告げると、駅員はどこかホッとした様な顔をして、こう言った。

「浅香山学園には、2号車の3番扉が一番近道ですよ」

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