浅香山ラプソディ第5話

第5話:再びの石動駅

私の行かなかった浅香山学園。浅香山学園はその名の通り県境にある浅香山の麓にあり、その昔はお金持ちの子女を預かる学園だったようだ。この駅に特急が泊まるのも、電鉄の社長の家が浅香山にあるからだという。

「さすが、お金持ち学校…私の母校とは違うな…」

学園前駅を出てからやることが見つからず、何となく学園を一周しようとしたが、それが間違えだった。浅香山学園は、幼稚園から大学まで擁する広大な敷地で、中を見ようにも高い壁が聳え立っていて、一般人が簡単に覗けないようになっていた。平日の昼間からこんな学校と高級住宅以外周りに何もない場所で歩いて彷徨いている私は立派な不審者という訳だ。少しでも先生に近付きたい一心で思い出巡りをしたものの、一層惨めな気分になった。

駅前に戻ってお洒落なカフェでお昼でもしたかったけれど、そろそろ帰らないと流石に遅いと思われてしまう。私は帝塚山の駅を後にした。

窓から見える学園に後ろ髪を引かれながらも、電車は石動双葉駅へと向かう。寒かったせいか、朝と昼ご飯を抜いてしまったせいか、気分が悪くなって来てしまった。早く会社に帰りたいのに、この時間は、電車の本数が少なくて普通か準急しかない。何とか帰ろうと座っていたが、どんどん血の気が引いていく。ダメだ。

私は仕方なく次の石動駅で降りた。

「先生、すみません。気分が悪くて…本当ですって、先生。え、今日は帰っていいんですか…本当にすみません。この埋め合わせは必ず…」

私は、会社に戻るのが遅れる旨を司法書士の先生に伝える電話をした。すると、今日はそのまま直帰してもいいよと言ってもらえたので、そのまま帰ることにした。でも、何の因果かまたこの石動駅に戻って来てしまった。やだなぁ…さっきも自殺する人と駅員さんに思われてたみたいだし…ちょっと調子が良くなったら家に帰ろう。

そんなことを考えながらさっき買った水の残りを飲み干すとベンチに蹲った。あーあ…情けないな。こんなことしても誰ももう来ないのに、この駅にいるのはなんかやだな。調子が悪いと悪い考えばかりグルグルと浮かんでしまう。

「あの…大丈夫でしょうか」

駅のベンチに蹲っていた私に声を掛けたのは先程の駅員だった。

「あ…すみません、大丈夫です、ちょっと体調が悪いのですが、吐いたりはしないので…」

私はあらぬ勘違いをされたくないと思い、慌てて体勢を起こした。

「いえ、大丈夫ですよ。良かったら駅員室のベッドで横になられますか」

「そんな…悪いです、大丈夫ですよ」

私はあんまり事を大きくしたくないと思い、急いで立ち上がろうとした。しかし、目眩がしてしゃがみ込んでしまう。

「大丈夫じゃないじゃないですか。どうせこの駅この時間あんまり人も来ないので、ベッドで寝ていて下さい、それか病院に行かれますか」

駅員が私にベッドで寝るか病院に行くかの二択を迫るその目が真剣だった。何故か分からないけれど、先生に似ていると思って驚いてしまった。

「大丈夫ですか?やっぱり病院に…」

私が返事しなかったのを早とちりしたのか、駅員が私を病院に連れていこうと動く。

「あ。大丈夫です、すみません。では、少し寝かせてもらってもいいでしょうか…」

「それがいいです、寝ていて下さい。歩けますか」

駅員が肩を貸してくれる。本当に動悸が早くなって来たので、少し寝かせてもらおう…。

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どれくらい眠っただろうか。すっかり寝てしまった。時計を見たらもう18時だった。最近寝不足なのもあって少し風邪をひき始めているのかもしれない。私はお礼を言って家に帰ろうと駅員を探す。すると、気配を察知したのか、駅員がやって来た。

「大丈夫ですか」

「はい…すみませんでした、そろそろ帰ります」

「帰れます…?おうちこの辺ですか?」

随分親切な駅員だ。私も絆されて要らない事を言ってしまう。

「あ、いえ…この近くに知り合いが住んでいて…だからフラッと来たんです」

すると、駅員は一瞬目を見開いた様な気がしたが、すぐに普通の口調で

「そうなんですね、その人どこら辺にいらっしゃるんですか?ここら辺も駅の近くは明るいけど、駅を離れたら人通りがないですよ」

と言った。私はすかさず

「そうですね、もう今日はやめておきます。正直、どこら辺に住んでるかよく分かってないので」

と返事をしてしまった。普段なら絶対に言わない言葉が、朦朧としているせいで出てきてしまう。これ以上ここにいるともっと余計なことを言ってしまいそうだ。そろそろお暇しよう。

「すみません、ありがとうございました」

「いえ。本当に大丈夫ですか?でも、その知り合いもきっと会いたがっていたでしょうね。またいらしてくださいね」

挨拶をすると、何故かそんなことを言われた。その言葉は、まるで駅員が先生のことを知っているかのようで、ちょっとした違和感を感じながらも、私は電車に乗った。

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