X (旧Twitter)は魔窟だと思ってる。
TLには、自分がフォローしてないのに整形垢とかパパ活垢とかの意見が流れてくるし(関心があると思われているのだろうか。。)、政治の過激なお気持ち表明に、男女の権利の主張と分断などなど、とにかく見たくもないものばかりが溢れていて「私ってなんでSNS始めたんだっけ」「こんなものを見る為の休日じゃないはず…」と思い始めた。
思えば、私がTwitterを始めたのは2015年頃で、上京したばかりの時に、風邪を引いた時だったと思う。寂しくて、知り合いを探してフォローしたのがきっかけだった。この頃はまだ実名でやってる人もちょっとはいて、そこまで仲良くもない高校時代の知り合いや大学のサークルで知り合った人をフォローして、そのフォロワーからクラスメート達を辿った。とにかく、誰かと話したかった。
でも、高校時代根暗で、ほぼクラスメートとも話したことのない自分は、何を呟いていいか分からなくて、とりあえずいいねを押した。この頃はまだいいねはハートじゃなくて星だった。
「梅田で食べたパフェ美味しかった」☆(いいね)「AKBの〇〇がかわいい」☆(いいね)「電車に乗り遅れた」☆(いいね)…
見ていると何となく自分も呟きたくなった。もう今はない初めて作ったアカウントの初ツイートは
「熱が出て心細い」
みたいな一言だったと思う。そして、早速リプが来た。高校時代の時、私をいじってた同名の女の子と、当時片足を突っ込んでた演劇部の男の子からだった。
(高校の同級生)「えー大月Twitterやってんじゃん笑」
(演劇部の男の子)「え、瑠璃子ちゃん大丈夫?」
前者は完全にいじられているだろうけど、それでもリプが来たことが嬉しかった。その手短なリプにまた長いリプを返してしまった慣れない大月だったが、この時は、まだ誰も知らない。大月は、この後数ヶ月を経てSNS依存症になるのだった(これはまた別の話)。
ここまで、大月の昔話をしたけれど、私のTwitterは「誰かと話したい」がきっかけだった。今もそうかもしれない。現実では、すごくビビりで人と雑談が出来ただけで日記に書いてしまうようなインキャでも、Twitterだったら自分を曝け出して話せる。現実世界で距離を見誤って「あいつキモい」と言われる私でも、SNSなら「え、美味しそうなお店!教えてくれてありがとう」なんて言われる。それが嬉しかった。ただそれだけだった。
昔のアカウントは色んなことがあって消してしまったけれど、転生して大月瑠璃子としてXに戻ってきた。以前のアカウントと違って、誰も私を知らないことがかえって心地よかった。
でも、Xをしていて、何となく違和感を感じた。以前とは違う何か。それでも、Xで自分の撮った写真をあげることの方が楽しくて、気付かないようにしていたけれど、日に日にそれは増していって「何かあかん気がする」と何度もXのアプリを消した。
さっきも、n回目のアプリアンインストールをしてしまった(どうせ気になっちゃってブラウザで見ちゃうし、また復活するけど)。どうも最近、Xを見ると気分が悪くなるのだ。私の抱えてる醜形恐怖は「整形最高」とか「可愛いとワガママなんでも許される❤︎」みたいなツイートに煽られるし、何かしらの被害者が発信する過去のトラウマとかも、自分の過去と一致してたら思い出して辛くなってしまうし、最近では、人が袋叩きになって誰かを叩いている現場もよく目撃しちゃったり、インプレッションを稼ぐ為に偽の情報を垂れ流す人もいたりするし、とにかく治安が悪い。しかも、何がいやかと言うと、それが自分の意思とは関係なく流れてくるのが堪らない。
「あなた、Xに向いてませんよ」
と言われれば、それまでなんだけど、インスタにもTikTokにも別に居場所がある訳ではない。昔を懐かしむのは老害っぽくてちょっとやなんだけど、Twitterで友達や恋人を作ることが出来たあの頃からは随分遠いところへと来てしまった気がしている。昔のTwitterはサークルって感じだったけど、今のXは魔窟という言葉が相応しい。
ただそうは言えども、結局なんやかんやでXが好きだから、今も自分の中でXとの距離を模索してる。