シンデレラ・シンデレラ

 ーシンデレラは0時までに馬車に乗って帰らないといけない。

それは令和の現代でも同じ。0時台の終電で帰らないとロマンスはなし崩し的なシナリオを辿って、自身はたちまち軽い女扱いされてしまう。別にそういうワンナイトラブが好きな方ならばそのまま輝くお城に直行してもよろしいだろうが、本当に好きな人とのロマンスならば、馬車に乗って帰ることをお勧めする。

ロマンスの引き際を見誤り、過剰摂取でドーパミン溢れる夜を過ごした貴女は、朝日に照らされて醜い現実に直面することとなるだろう。化粧も落とさず眠ったひどい顔面、自分に背を向けてぐちゃぐちゃのシーツに眠るお相手、輝いていたはずのお城はどこか酒とほこりの匂いのする一室になって、たちまち時計台の大階段から転げ落ちる。

何となく気まずくなった午前8時に、適当な理由を付けてホテルから出る。言葉も少なく「一緒に出ようよ」と言ってくれながらも、本心はそう思っていないだろう相手の圧を感じながらそそくさと逃げるように早歩きをする。季節はまだ冬で、自動ドアを出た瞬間、刺すような寒さが私を貫いた。外の空気が今日程染み渡る瞬間はなかっただろう。私という不浄の存在すらも浄化していく朝はなんと素晴らしい時間帯かとしみじみすると共に、またあの人は私に会ってくれるだろうか、とこれからの未来を想像して何とも言えない気持ちになる。

ーそしてそれは私、中村梓(27)も例外ではなかった。

普段会社ではつつがなくやっていて、どちらかと言えば無口で名の通っている私だけれど、昨日は久々に会った大学の同級生と盛り上がってしまって、気づいたら流れるように同衾してしまっていた。

大学の同級生のことは少なからず好意(恋ではない)を持って見ていた。しかし、恋人がいるということも聞いていたし、まさかこんなことになるなんて思っていなかった。相手は背が高くて黒髪ストレートで切れ目が素敵で、アニメのキャラで言うと黒衣の騎士といった凛とした感じである。まあ、当然モテるし、私みたいな平々凡々な女なんてアウトオブ眼中といったところだ。昨日だって、昔みたいに二人でサシ飲みして近況を話して、恋バナをして、そこで私がクズ男ばっかりに引っかかるという話をしたら「じゃあ、忘れさせてあげるよ」と言われ、手を繋いで気付いたら妖しい光輝く道玄坂へと歩いていっていた。

「ねえ、キスしよう」

道の真ん中で抱き締められて、相手のコートの繊維が顔に当たる。黒のロングコートが似合う素敵な人に抱き締められているそのシチュエーションが理解出来ずに「え?冗談だよね」と明るい声で言うと「冗談じゃないよ」とより一層力を込めて抱き締められる。必死の抵抗も虚しく、ムスク系のいい匂いと相手の鼓動に押し潰されて、自分の氷のような心の盾も溶かされてしまった。

キスをしたらもうあとには戻れなくなる、そう分かっているからこそキスを拒むけれど、本当はその先に通じる扉を開けてみたいと思っている自分がいた。

なし崩し的シナリオを選んだ私は、あとはどうにでもなれと舌を絡ませて相手を貪る。人生の全てを自分で選択しなければいけない自己責任主義的な毎日に疲れてしまって、たまにはこうやって馬鹿をしたくなるのが人間なのかもしれない。

もしも明日渋谷に隕石が落ちたら、きっと私は世界で一番刺激的な夜を経験して死ねるのにな。とささやかながら、世界の破滅を願った。その後の目眩く情事は私とお相手の尊厳の為に、ここでは割愛させていただこう。

…とまあ、知り合いと寝てしまった私だけれど、さっき別れた相手ともう会いたいと思ってしまっていた。女は一度寝てしまうと、相手に情を感じてしまう厄介な生き物なのである(周りの女友達もそんなことを言っていたので、きっと女はみんなそうと信じている)。相手も私と同じことを思っていてくれたらいいのに…。なんて思ったけれど、手慣れた手つきで私を扱うあの人が、私だけに「会いたい」」という感情を抱くとは思えなかった。あんまりにも上手に抱かれてしまったので「他にもこんなことしてるの?」とタブーを口にしてしまった程だ。

「まあね」でもそんなのどうでもいいじゃない?といたずらっぽい笑顔で言われると、かっこよくてそれ以上何も言えなかった。アルコールの海の中で乾ききった私達は、お互いを貪る以外にその現実を忘れる術を知らない。思い出して身体が火照るほどに、我々は真夜中のクジラだった。

それにしても、まさか彼女と寝るとは思わなかった。

大学時代、ただの友達だった私も彼女も「女の子がいけるクチ」だったなんて、思ってもみなかった。まあ、彼女は元からかっこよくて「王子様」なんて冗談で言われていたからきっと昔から色んな女の子を抱いていたのだろうけれど、まさかそんな王子様がベッドの上では身悶えする程の「シンデレラ」に様変わりすることも知らなかった。「私、いつも攻めなんだけどな…アンタの前では調子狂っちゃうな」そう照れ臭そうに笑った彼女の言葉が本当か嘘か最早分からないけれど、その言葉が真実だったらいいのにと切なくなる私の心情だけは今確かな現実だった。

「私だって、今まで自分のこと受けだと思ってたよ」

寒さと共に昨夜の記憶もろとも消し去ろうと、私は熱い缶コーヒーを流し込む。二人のシンデレラが再びまた邂逅する日が来るのかは、まだ誰も知らない。

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