浅香山ラプソディ第2話

第2話:石動駅

 「うわぁ…ミスった〜!!!」

石動駅と石動双葉駅があるなんて知らなかった。昔は石動駅しかなかったし、石動双葉町の駅といえば石動駅だったのに…。

十数年前は、石動駅もぼちぼち栄えていた記憶があるけれど、準急しか止まらない駅になっていたし、数年前に石動双葉町にショッピングモールが出来てからは再開発が進んでそちらが中心になっていったようだ。無印良品や駅ビル機能も石動双葉駅に移動したようで、石動駅からは、昼なのに照明がとても暗い商店街と図書館しか見えない。次の電車は10分後ってどれだけ時間が掛かるんだ。約束の13時はギリギリだ。

「双葉不動産優しいし、まあいいや…」

それにしても、何でまた石動駅なんだ。胸の奥がチクリと痛む。今日の朝だって驚いた。もう十数年間ずっと封印していた記憶、そうこんな寒い日の出来事が、石動駅という名前を聞いただけで鮮明に蘇って離れなくなってしまった。今だって、水を奪われた魚の様に心臓が跳ねているのが分かる。私は少しでも落ち着こうと自販機で水を買った。もう思い出したくないはずなのに、キャップを捻りながら足はあの場所を目指していた。

2号車の3番扉。それはそそっかしい私に先生が指定した待ち合わせ場所だった。

「浅香山学園の合格発表を一緒に見に行こうか」

中学の時に通っていた塾の先生は突然私にそう言った。浅香山学園は、私の志望校で先生の出身校。東大京大にも何十人と輩出しており、関西では屈指の進学校だ。中学2年生の冬に成績が壊滅的だった私にはとても目指せる様な学校じゃなかったが、友達の薦めてくれたその塾に入って何とか受験することを学校の教師に認めてもらえる位の成績にはなったのだった。

「えぇ…怖いよ。ネットでいい」

私は即答した。受かる自信なんて無かったし、先生に落ちているところを見られたくなかったから。でもそんな表情を悟られまいと俯いて顔を隠す私に先生は言った。

「大丈夫。俺が一緒に見に行って落ちたやついないからさ」

だから山本も大丈夫。と。そして、先生は2号車の3番扉を、学園の入り口に一番近いからという理由で待ち合わせに指定したのだけれど、あの日石動駅から乗ってくると約束した先生は現れなかったのだった。

「あの日、先生が乗ってくるはずだった場所…」

もう大分薄汚れてしまった2号車3番扉の乗車位置シールを足でなぞりながら、もしあの日先生が約束通りに現れていたら、この位置に立って何を考えただろうかと感慨に耽った。

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